Harvilleの公式と競輪

私は馬券を買ったことは一度もないが、競輪に活かすため、競馬の予想理論には大いに興味があっていろいろ調べている。その中で、Harvilleの公式というのを知った。これはHarvilleという人が1973年に発表した論文に出てくるらしい。欧米では経済学者なんかが競馬を研究していて論文がいくつも出ている。

Harvilleの公式

この公式がどういうものか説明しよう。あるレースにおいて馬iが勝つ確率をPiであるとする。実際の競馬ではそんな確率は正確には分かるはずはないが、ここではそう仮定する。このとき、馬iが1着になり馬jが2着になる確率Pijは、

Pij = Pi * Pj / (1 - Pi)  ... (1)

で与えられる。これがHarvilleの公式である。

Pij = (馬iが1着になる確率) * (馬iが1着のとき馬jが2着になる確率)

になるはずだから、(1)式は、

(馬iが1着のとき馬jが2着になる確率) = Pj / (1 - Pi)  ... (2)

を言っていることと同じである。(2)式は直感的に理解できる。馬iが1着になるとき、他の馬が2着になる確率は、それぞれの馬が1着になる確率に比例すると考えるわけだ。係数1/(1-Pi)は、i以外の馬が2着になる確率を足し合わせたものが1になることから決められる。

オッズで検証

馬iが勝つ確率Piは分からないが、投票の分布からPiを推定することはできる。競馬には単勝があるのでこの票の占有率をPiとみなす。このPiをHarvilleの公式(1)に代入すると任意の馬の組合せのPijが求まる。一方、Piと同様に、馬単(2連勝単式)の投票分布からPijを推定することができる。競馬の研究によると、こうして得られた2つのPijは非常によく一致するということだ。投票分布が確率に従うとすれば、Harvilleの公式は競馬において成り立っている。

本当にそうなるのかなと思って、1個レースだけだが確かめたことがある。JRAのサイトに行って、あるレースの単勝オッズからPiを求めて(1)に入れてみると、見事に馬単のオッズが再現できた。票数の少ない目ではずれも小さくなかったが、なかなかよく一致する印象だった。

競輪では成り立つか?

競輪でもオッズを使って(1)式を検証してみよう。競輪では単勝がないので、2車単の投票分布を使って各選手が1着で買われた占有率を求めそれをPiとみなす。さて、競輪でHarvilleの公式は成り立つだろうか。賢明な競輪ファンは答えが否であることをすぐに理解するだろう。

例えば、Pi=30%, Pj=10%であるとして、選手iが1着になったとき選手jが2着になる確率は(2)式によると、10/(100-30)=14.3%になるはずだ。しかし、これは状況によって大きく違う値になる。もし、選手i、選手jがともに先行選手で別線で戦うとすれば、選手jが2着に来る確率はぐっと低くなる。選手iが1着なのだから選手jは選手iに捲られたか、捲り不発になっている可能性が高く、その場合は着外に沈んでいるであろうから。あるいはもし、選手jが選手iの番手を回っていたとすれば、選手jの2着の確率は非常に高くなる。これは筋車券がよく出現することに他ならない。

式(2)が成り立たないなら式(1)も成り立たない。実際、競輪のレースで(1)式よりPijを求めてみても、2車単のオッズは全く再現できない。ずれが多少大きいというレベルではなく、競輪ではHarvilleの公式は全く成り立たない。

競輪は選手間の相互作用が大きい

そもそもHarvilleの公式が成り立つには、レースの性質として前提条件がある。それは、各馬のタイムがランダムであること、すなわちどの馬も他の馬のタイムに何の影響も与えないという条件だ*1。これがあるので、前述の「馬iが1着になるとき、他の馬が2着になる確率は、それぞれの馬が1着になる確率に比例する」と考えることができる。

競馬では(1)がよく成り立つので、この前提条件がよく成り立っていると考えられる。馬は他の馬の走りに影響を与えない、すなわち馬と馬には相互作用がないということだ。競馬の走路はカーブがあってオープンコースなのでコース取りによって他の馬に影響を与えるだろうし、騎手は他の馬のペースを見て自分の馬のペースを変えるだろうから、相互作用が全くないとは言えない。しかし、オッズのHarvilleの公式の当てはまりの良さから、そういう相互作用の影響は非常に限定されていると言えよう。

これとは対称的に競輪では先に挙げた例のように、脚質やライン構成によって選手間の相互作用は極めて大きい。前提条件がはっきりと破られているのでHarvilleの公式は成り立たないのである。

オッズをHarvilleの公式で分析することで、競輪と競馬のレースの性質の違いを客観的に示すことができたと考える。おそらく世の中にたくさんあるレース形式の競技のほとんど全てで、競馬のように選手間の相互作用がほとんど無いだろう。レースというのは基本的に速さくらべであり、個々の走行能力が他の選手に影響することなどないのが普通だからだ。選手間の相互作用の大きい競輪は、レース競技の中では特異な存在だ。これが競輪の独特の魅力になっていると思う。

*1:数学的に正確な表現は私の力不足でちょっと分からない。ポアソン過程とか指数分布とかが関係するらしい