落車が起こりやすい条件

落車が起こりやすいレースの条件を調べてみる。行われた数多くのレースを様々な条件で分類し、各カテゴリでの落車の発生頻度などを集計していく。最後に、その集計結果から得られる傾向をまとめ、その傾向が生じる原因を考察する。

データ

2002年から2007年までの6年間に行われた計206483レースを対象とする。元にした資料は競輪見太郎用データである。この全てのデータを集計して下の表を得る。

レース数 落車率(%) 失格率(%)
全データ 206483 6.48 4.66

落車率、失格率とは、落車、失格の発生頻度の時間的推移で書いたものと同じ意味で、

落車率
(落車レース数)/(レース数)で定義、レース単位での落車の発生率
失格率
(失格レース数)/(レース数)で定義、レース単位での失格の発生率

である。以下に条件ごとの集計を示していく。

バンク長

バンク長 レース数 落車率(%) 失格率(%)
333 31338 6.61 5.06
400 149276 6.45 4.67
500 25869 6.48 4.11

33はカーブが急なので落車しやすいかと思っていたが、400、500とはっきり差があるわけではない。しかし、失格は500に比べて明らかに多い。最終34角で500なら外に持ち出すところでも33はその余裕がなくてイン突いて内抜き失格、というケースが多いからと推測するが、調べてみないと分からない。

天候

天候 レース数 落車率(%) 失格率(%)
晴れ 115149 6.38 4.70
曇り 70755 6.45 4.69
20099 7.12 4.31
480 5.62 5.00

雨が降ると失格が若干減るにもかかわらず落車が増えているので、やはり滑りやすいということだろうか。ただ、大きな違いはない。雪はサンプルサイズが小さくて何とも言えない。

気温

気温(度) レース数 落車率(%) 失格率(%)
0 - 10 36084 6.20 4.45
10 - 20 68428 6.43 4.41
20 - 25 41254 6.54 4.70
25 - 30 34775 6.69 5.02
30 - 25942 6.59 5.06

表で、「x - y」というのは、x度以上y度未満を表す(以下の表でも同じ)。

気温が上がると落車、失格とも増えるが、非常に弱い傾向だ。

風力(m/秒) レース数 落車率(%) 失格率(%)
0.0 22994 6.61 5.12
0.1 - 0.5 7430 6.43 4.72
0.5 - 1.0 40177 6.40 4.31
1.0 - 1.5 65322 6.44 4.55
1.5 - 2.0 19843 6.46 4.75
2.0 - 3.0 35570 6.56 4.82
3.0 - 4.0 11488 6.55 4.92
4.0 - 5.0 2955 6.23 4.57
5.0 - 704 6.25 4.40

ほとんど関係ないようだ。

S、A級戦

レース数 落車率(%) 失格率(%)
A 156562 5.62 4.35
S 46963 9.48 5.78

S級の方がA級より明らかに落車、失格とも多い。落車率で1.69倍、失格率で1.33倍ある。S級はレースが激しいという印象と一致する。

なお、2007年までのデータなのでA級でチャレンジレースは含まれていない。

開催グレード

S級戦をさらにグレードで分けてみる。

グレード レース数 落車率(%) 失格率(%)
F1 33643 9.02 5.51
G3 9692 9.89 5.77
G2 1586 12.80 8.13
G1 1899 13.01 8.79

ここもはっきりとした傾向がある。落車、失格ともグレードが上がる程増えていく。より上位の強い選手のレース程、落車は多い。特別では普通開催の2倍以上の頻度で落車失格レースが発生する。

種目

種目とは、「予選」「準決勝」「一般」などの、トーナメントにおけるレースの勝ち上がりの状態を示すものである。開催数が多い代表的な概定番組を選んでその各種目ごとに集計してみる。

A級10R制(102A98)
種目 レース数 落車率(%) 失格率(%)
全体 79870 5.51 4.31
初日 予選 15984 4.80 4.14
初日 選抜 7985 7.50 4.98
初日 特選 2660 6.50 3.68
2日目 一般 5335 3.51 3.75
2日目 選抜 5332 6.13 5.48
2日目 特選 7992 5.99 4.90
2日目 準決 7992 8.55 5.73
3日目 一般 5322 3.14 3.40
3日目 選抜B 2660 3.05 3.01
3日目 選抜A 2660 4.96 3.23
3日目 特選 7976 3.77 3.10
3日目 優秀 5314 5.44 4.22
3日目 決勝 2658 8.16 4.74

各種目で落車率が大きく異なっている。最大の準決は最低の選抜Bの8.55/3.05=2.8倍もある。大きく分けると、決勝進出の権利を争う種目は落車率が高く、敗者戦は低い。失格率も落車率と同様の傾向だ。

S級5R制(201595)
種目 レース数 落車率(%) 失格率(%)
全体 29495 9.12 5.55
初日 予選 5903 9.76 5.56
初日 特選 3933 7.55 4.58
2日目 一般 3932 7.50 4.93
2日目 準決 5897 14.06 7.99
3日目 一般 3932 5.75 4.09
3日目 選抜 1966 5.34 3.92
3日目 特選 1966 9.16 5.80
3日目 決勝 1966 9.31 5.75

ここでもA級10R制と同じ傾向で種目間の落車率の差は大きい。

S級記念(301B92)
種目 レース数 落車率(%) 失格率(%)
全体 9064 9.95 5.80
初日 一予選 1030 10.78 6.31
初日 選抜 618 12.46 6.80
初日 特選 618 9.39 5.18
2日目 一般 824 7.28 4.25
2日目 二予B 618 11.49 5.83
2日目 二予A 618 13.59 8.58
2日目 優秀 206 11.65 5.34
3日目 一般 618 6.31 3.88
3日目 選抜 412 9.47 5.83
3日目 特選 412 8.74 3.88
3日目 準決C 206 11.65 6.80
3日目 準決B 206 17.96 8.25
3日目 準決A 412 15.78 11.41
4日目 一般 824 5.83 3.76
4日目 選抜 412 5.58 3.64
4日目 特選 412 9.22 6.31
4日目 順決B 206 8.74 7.28
4日目 順決A 206 11.65 3.88
4日目 決勝 206 12.62 7.28

やはり同じ傾向だ。どの概定番組でも準決勝の落車、失格率が最大になっている。

G1全体

最後に特別競輪全体についての集計をしてみる。概定番組がたくさんあるので大雑把な分類にしている。

種目 レース数 落車率(%) 失格率(%)
全体 1899 13.01 8.79
予選 648 15.28 8.80
準決 115 20.00 12.17
決勝 36 27.78 16.67
敗戦 916 10.26 8.08

他と同じく種目間で差が大きいことを示している。特別の準決、決勝の落車、失格は非常に多い。

まとめ

以上の集計結果の傾向をまとめると

  • バンク長や天候など外部環境の要因の落車率への影響は小さい。
  • 級、開催グレードが上位、すなわち強い選手が集まるレースほど落車率は高い。
  • 種目による落車率の違いは非常に大きく、A級からG1まで全てのトーナメントでこの傾向が見られる。

なお、失格率は落車率と相関が強く、失格率についても上の傾向がある。

考察

種目が落車に影響を与える理由として、選手は高い報酬を得るために失格落車する危険を敢えておかしている、という仮説が考えられる。以下詳しく説明する。

選手はレースにおいていくつかの戦略を取ることができる。そして、それぞれの戦略を取ったとき期待できる着を見積もることができるとする。従って、それらの戦略の中から最も良い着が取れそうな戦略を選ぶことができる。しかし、各戦略には失格または落車する危険性もあるのでそれも考慮しないといけない。ある戦略を取ったとき、それで期待できる着によって得られる報酬と失格落車して得られる負の報酬を合計したものがその戦略の全体の報酬の期待値となる。着による報酬が大きいレースでは失格落車の可能性による損失が割合として小さくなるので、失格落車する確率が大きい戦略であっても最も良い戦略になることが十分可能だ。逆に、着による報酬が小さいと、失格落車による損失が重要になりその危険を回避する戦略が最も良い場合が多くなる。

あるレースの着によって得られる報酬とは、具体的には、賞金、競走得点、上位レースへ進出する権利の三つを総合したものである。そのレースの概定番組-種目はこの三つを指定している。よって種目の違いが選手の取る戦略を変化させ、失格落車の発生確率の差を生むことになる。

具体的な状況で説明しよう。あるレースで追い込み選手Aは目標となる先行選手がいなかった。Aが取りうる戦略は、空いている弱い先行選手の3番手を周るか、強い先行選手の番手で競るかの二つがある。Aは競った方が良い着を期待できると思ったが、3番手を周る方を選んだ。なぜなら、このレースは最終日の一般戦で良い着を取っても大した賞金も得られず、競ることで生じる失格したり自ら落車したりする危険に見合わないと最終的に判断したからだ。もしそのレースが準決勝だったらAは競る方を選択していた。準決なら賞金も点数も高いし何よりさらに上の報酬が期待できる決勝に進出する権利を得られるので、失格落車のリスクを取る価値があると判断できる。

また、あるレースの最終周回4コーナーで選手Bは3番手に付けていた。前を抜く脚は残っていたが外に他の選手がいて車を外に持ち出せない。このときBの取る戦略は、そのまま走って何とか3着を確保するか、強引に外の選手を持ち上げてコースを開けて抜きにいく二つがある。どちらの戦略を取るかは先の例と同じで、報酬の高いレースなら失格落車の危険をおかして抜きにいき、そうでないなら無難にそのまま付いていく。

級、グレードが上位のレース程、落車が多い傾向もこの説で簡単に説明できる。上位のレース程、報酬が大きいので、選手はより大きい失格落車リスクを取ることが最適な戦略になりやすいからだ。

この仮説はここに示した統計データだけで十分に実証できたとは言えないだろう。しかし、これ以外に種目による大きな落車率の違いを説明する説を思い付かない。私は個人的には正しいと思っている。

この説によると、失格、落車が起こる主な原因は、選手が誤りを犯すことではなく、選手がより高い報酬を得るために確信的に取るリスクとなる。そして、選手にとってそのリスクを取ることは合理的で正しい戦略なのだ。このことは落車を制御する競技規則を決める上で非常に重要になる。