競輪入門-ライン戦とは何か

このエントリでは、競輪を知ったばかりの初心者に対して競輪のレースがどのように行われるかを解説してみる。競輪の大きな特徴であるライン戦について、特に掘り下げて詳しく述べる。ライン戦の本質を原理的に理解してもらうのが狙いである。

専門用語の解説や車券の種類とかユニフォームの色とか基本的な知識については書かない。それらはweb上を検索すれば簡単に知ることができる。

google:競輪 入門] [google:競輪 講座] [google:競輪 用語

また、レース映像もネット上にたくさんある。

KEIRIN.JP 過去の開催のレース結果のページ()に行くと「レースダイジェスト」動画がある
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内容
  • 空気抵抗
  • 先行と追い込み
    • 3人の競走
    • 追い込み選手
  • 競りとブロック
    • 目的
    • ルール
  • ライン戦
    • ライン
    • 捲り
    • レース展開
  • ライン構成が決まるメカニズム
  • ギャンブルとしての競輪競走

空気抵抗

選手の速度は時速60km以上にもなる。このくらい速いと空気抵抗の影響が非常に大きい。秒速17mの風が常に吹いてくる状況を考えたらいかに大きな抵抗力になるか想像できるだろう。複数の選手が走った場合、先頭の選手とその後ろを走る選手では空気抵抗が大きく異なる。先頭の選手が風よけになって後ろの選手は小さな力しか受けないからだ。どのくらい後ろの選手が楽なのか実測した結果を発表しているサイトによると、時速約65kmで走ったとき先頭の選手に比べて後ろの選手は約2/3のエネルギー消費で済む。同じ速度で走っていても風よけのある後ろの選手はかなり有利に体力を温存できることになる。

競輪は2000mくらいの距離でレースが行われる。標準的な1周400mのバンクなら5周だ(以下、400バンクであるとして説明する)。陸上競技とか水泳のような一般的なレース競技だと、選手はこの2000mをなるべく短い時間で走破できるようなペースで走ろうとするだろう。これは当然のことなのだが、競輪では空気抵抗の影響が大きいのでそうはならない。もし、ある選手Aが自分が2000mを最小時間で走れるペースを取ったとする。すると他のある選手BはAの後ろにぴったり付けて走行しAに比べて格段に体力を温存する。ゴールが近付いて来た所でBは自分が先頭になって全力で走ればよい。こういう展開になるとAはBのための風よけに走ったようなもので非常に損である。

では実際のレースではどうなるかというと、序盤、選手たちは空気抵抗が十分小さい程度の遅い速度で走ることになる。これなら誰かに風よけとして利用されることはない。ゴールが近付くにつれて各選手は仕掛けをうかがって徐々に速度が上がって来る。そして残り1周半から1周くらいになると、この距離なら先頭で風を受けながら全力で走っても後ろの選手にゴール前交わされないと判断した選手が、一気に速度を上げて仕掛けることになる。これを先行すると言う。誰かが先行するとその選手を風よけにして楽に追えるので全選手が一斉に速度を上げる。先行した選手は疲労によりゴール前では速度が落ち、脚を温存できた後続の選手たちはそれを抜こうとする。これが簡単な競輪の展開である。実際はもっと複雑で特に「捲り」という重要な要素があるのだがこれは後述する。

上の説明では書かなかったが、実際は先頭誘導員というペースメーカーが存在する。誘導員は現役の選手がつとめるが、競走者としての参加ではなく審判側の一部である。スタート直後から先頭に立って風よけとなり、先行の仕掛けをめぐる駆け引きが始まるくらいに退避する。レース序盤が非常に遅いペースになるのを解消し、レースが動き始めるときの速度をコントロールする役割がある。誘導員が競走に与える影響は複雑で重要なのだが、最初のうちは序盤ののろのろ走行を省くためのものと考えておいて良いだろう。

先行と追い込み

以上の説明のように、空気抵抗のため選手が全力に近い速度で走るのは最後の500m程度と短いので、選手は基本的に短距離走者としての適性が要求される。風圧を受けながらほぼトップスピードを維持できる時間が長い選手、すなわち長い距離を先行できる選手ほど強い。しかし、競輪では先行する能力が高くない選手にも十分勝つチャンスがある。これを順を追って説明する。

3人の競走

まず、非常に単純な場合を考える。選手はA、Bの2人しかいないとする。A、Bの能力は全く同じであるとする。当然、A、Bが勝つ確率は同じになる。どちらかが先行することになり、その仕掛けのタイミングの微妙なずれで勝敗が決するだろう。

これに、A、Bとは大きく能力が劣る選手Cが加わって3人でレースをやるとする。Cは先頭で走れる距離が他より劣るので自分から先行することはできない。そこで、終止Aの後ろに付く作戦を取った。Aが先行してくれれば付いていくだけで2着になる可能性があるからだ。

このときおもしろいことに、Cに付けられたAも有利になる。Aが先行した場合、後ろはCでBはさらにその後ろになっている可能性が高い。先頭からACBと並んでゴールを目指すことになる。ゴール前、Cは能力が劣るのでAがCに抜かれる可能性は小さいし、強いBはAの直後でなく2車身離れているのでこれにも抜かれにくい。このようにAは先行すると有利になるので少々早めの仕掛けでも先行できる。Aの先行確率が高まることはCにとっても有利になる。BはAと能力が同じにもかかわらず、Aより不利なになってしまう。

Cは短距離走者としての能力が劣るのでAやBと一対一で競走すると全く歯が立たない。ところが、上に述べたように、3人での競走ではAの後ろに付ける作戦を取ることでBに先着する可能性が出てくる。しかも、AはBと先行争いをしなければならないので、場合によってはCはゴール前Aを差せる可能性まである。空気抵抗の影響の下、多人数(3人以上)で競走することで、弱い選手でも勝てる可能性が出てくる興味深い状況が現れる。

追い込み選手

実際の競輪は9人で行うからもっと複雑であるが、先行力のある選手の後ろに付ける作戦は同じように有効である。この作戦を取る選手は追い込み選手と呼ばれる。競輪選手は、自ら先頭で風圧を受けながら先行して勝ちを目指す先行選手と、その先行選手をマークして空気抵抗を避けゴール前で追い込んで勝ちを目指す追い込み選手に大別される。

追い込み選手は先行力は必要ないが、代わりに先行選手の後ろの位置を取るためのテクニックが要求される。強い先行選手の後ろは有利なので追い込み選手同士で取り合いになる場合があるからだ。有利な位置をめぐる戦いは競輪の重要な要素であり、この辺りの詳しいことは次章で述べることにする。

陸上競技や競馬などの標準的な競走でも先行、追い込みという用語は用いられる。しかし、競輪での意味とは大きく異なることを注意されたい。普通の競走では、レースの前半にリードを取る選手を先行と呼び、レースの終盤に他の選手と比較して速度が速い選手を追い込み選手と呼ぶ。すなわち、先行/追い込みとはペース配分のやり方の違いを示す用語なのである。確かに競輪の追い込み選手は終盤で速度を上げるが、これはペース配分を後半型にしたからではなく、空気抵抗を避けて脚力を温存することによって可能になるのである。追い込み選手はマークすることで先行選手よりもエネルギーの消費が圧倒的に少なくて済む。普通の競走ではこういうことは起こらない。

競りとブロック

初めて競輪のレースを見た人の多くはその激しさに驚くだろう。自転車という不安定な乗物を使った競走であるにもかかわらず、選手同士がぶつかり合うことが多い。しかもその多くは偶発的でなく選手が故意にやっている。並走する選手同士が首を振ってヘルメットをガチガチいわせながらぶつけ合ったり、後方から追い越そうと走ってくる選手に前方の選手が斜行し体当りして止めたりしている。あんなことして反則にならないのだろうか、転倒して危険ではないのか、などの疑問が湧いてくると思う。ここでは、接触プレイが行われる目的、競技規則でいかに制御されているかを説明したい。

目的

選手が他の選手にぶつかっていく第1の目的は、有利な位置を取ることにある。先述したように追い込み選手は目標にした先行選手の後ろに付けるが、一人の先行選手に複数の追い込み選手がマークしたいと主張した場合、争いが生じる。その決着を付けるのに頭や体をぶつけて相手選手を実力で排除しようとするのである。この先行選手の後位をめぐる追い込み選手同士の戦いを競りと呼ぶ。

また、特定の先行選手を目標とした争いでなくても、ある程度速度が上がった状態で選手が並走になり、引いて巻き返すことができないと選手が判断したら、横の選手を競り落としにかかる。

次に、後方から速度を上げて追い越そうとやって来る選手に対してのブロックがある。目的は相手選手の速度を落とさせて抜かれるのを阻止することである。これは後述する「捲り」に対して行われることが多い。

他に多いのが、他の選手に囲まれて進むコースが無いとき、障害となっている選手を体当りでどかすことである。空いたコースから前を抜きにかかるのが目的だ。これはゴール前で行われることが多い。

このような接触プレイは追い込み選手にとって不可欠な技術である。彼らは先行選手の後位にいることが重要なので、他の選手に割り込まれるのを阻止しなければならない。競りが弱ければ簡単に取られてしまう。また、追い込み選手はゴール前で後ろから車群を縫って追い込むことが多いので、体を当ててコースを空ける技術も重要である。

これに対し、先行選手は必ずしも接触プレイに強くなくても良い。彼らは自分で動くので特定の選手の後位に拘る必要はない。それに競ってまで良い位置を取っても体力を消耗し、そこから先行することができなくなってしまう場合がある。もちろん接触プレイに強く自在な作戦を取れる先行選手も存在する。

ルール

故意に他の選手に接触して、その選手を落車または車体故障させた場合、失格になる。単に故意に接触しただけで、落車(車体故障を含む、以下同様)させなければ失格にはならない。これが大原則である。ただし例外として、相当ひどい危険な接触を行った場合に限り、落車がなくても失格になる。これは稀なケースなのでここでは考えないことにする。

このルールがあるため選手は無制限に接触プレイをやれるわけではない。相手を落車させたら失格になってしまうので、落車させない程度に当たっていき、それでいて相手をどかしたり止めたりする目的は果たそうとするのだ。

失格するとそのレースで得られる賞金はゼロになり、以後のその開催での出場資格を失う(1つの開催は3-6日に渡って行われ、選手は1日1回、計3-4個レースに出走する)。

選手は半年ごとに競走の成績によって5つの級班(S級1-2班、A級1-3班)に分けられている。級班によって賞金の高い開催に出れたりシード選手になれたりするので、選手にとって級班は獲得賞金に直結する非常に重要なことがらだ。1回失格する度に、級班を決める半年間の全ての競走で1.5着だけ降着したことに相当するペナルティが与えられる。これはかなりきついペナルティである。半年間に複数回失格すると、成績が良くても級班の低下は濃厚になってしまう。

このように、失格に対するペナルティは非常に厳しいので、接触プレイを行うときは相手を落車させないよう選手は細心の注意を払う。あるいは、失格を恐れて接触プレイをやらないことも多い。落車させたら厳しいペナルティを与えることによって過度の接触プレイを制御している。

近年、落車は全体のレースの約6.5%で発生している。落車すると肩や鎖骨を骨折する恐れが高く選手にとって競走に臨むにあたって大きなリスクである(ただし、自動車レースや競馬などと違って致命傷にいたることは稀である)。だから、選手は最大限注意して落車しないように走っていることは間違いなく、わざと落車して相手を失格にしてやろうなどと思っている選手は皆無だろう。サッカーのシミュレーションのようなことは起こらない。これは、落車させたら失格という大原則が成り立つ重要な条件である。

落車は骨折のような大きなけがをする恐れが高いので、一般的には、故意の接触を限定的にでも容認するようなルールにはできない。特にアマチュア競技では絶対に無理だ。現に競輪から派生した自転車競技の種目であるケイリンではそうなっている。落車の危険の高いルールを採用できるのは、競輪が完全なプロ競技で選手が比較的良い処遇を与えられていることによる。

最後に、なぜルールがこのようになっているかの理由について私見を述べる。他の選手を落車させたら失格というのは、選手にとって不公平とも思える。激しく体当りしても相手が落ちなければセーフで、軽く当たっても運悪く相手が落ちたら失格になってしまうからだ。その半面、この原則は落車という客観的事実によって失格を判断できる利点がある。賭けの対象となる公営競技競輪では、客を納得させやすいこの客観性が選ばれているのである。

もし、落車に関係なく激しく故意接触したら失格で、軽度の接触なら失格にしない、というルールで競輪をしたらどうだろう。「激しく」の客観的基準が定められれば良いが、私は無理だと思う。失格の微妙な判定が続出し客は非常に不満になるだろう。

では、故意に接触する行為そのものを失格にするルールではどうだろう。一般的な競走ではこれが当り前である。しかし、今度は「故意」の基準がむずかしくなるだろう。現在行われているような激しい競りやブロックは見られなくなるだろうが、軽度の接触はなくならない。競輪は空気抵抗のため選手が常に車間を詰めてレースが展開され、特にゴール前は後方から脚を溜めた選手が突っ込んでくるからだ。軽度の接触が故意かどうかの判定はむずかしい。だからといって軽いのはセーフにしていると、選手はそれに順応しだんだん激しい当たりになってきて、結局は微妙な判定を強いられるのである。やはり客の不満が生じる。

現行の落車させたら失格というルールは完全ではないが、競輪という競走形態と賭けの対象となっていることを考慮すると最も妥当なやり方だと私には思える。

故意の接触プレイを限定的にだが認めるというルールは、ライン戦に大きな影響を与えている。簡単に言うと、先行選手にとって追い込み選手の利用価値が上がるのである。これにより競輪の競走の内容は複雑になりより面白いゲームになる。競りやブロックを見た目の派手さだけで、単なるラフプレイあるいはゲテモノ趣味だと嫌う向きもあるが、それは違うのである。次章で詳しく述べる。

ライン戦

ライン

競輪選手全体で追い込み選手の方が先行選手より数が多いので、1つのレースのメンバに先行選手は3人前後いるのが普通で、残りが追い込み選手である。

各先行選手の後ろに追い込み選手が付ける。これは「先行と追い込み」の章で述べたように、先行選手が先行するのを期待しての作戦である。あぶれた追い込み選手は3番手以降に付くことになる。例えば、1、4、7番が先行選手で下図のような3つの組に別れたりする。

図1
←  123  456  789

この組をラインと呼ぶ。それぞれのラインの先頭の先行選手同士は、先行をめぐって駆け引きし争う。ラインの追い込み選手はマークしている選手から離れないように付いていき、場合に応じて「仕事」をすることになる。

ラインは選手の並ぶ順番が重要である。追い込み選手にとって、先頭の先行選手の直後の2番手が最も有利になる。単に「番手」と言えばこの2番手のことを指す。3番手以降の追い込み選手は、先行選手との間に他の追い込み選手がいる分だけ勝つチャンスは小さくなってしまう。しかし、ラインの先頭が先行してくれればゴール前で上位にいる可能性が高まるわけで、番手が取れないなら悪くない作戦となる。

もちろん、3番手を周るのが不満なら実力で番手を取りにいくこともある。例えば、図1で9番が1の番手を狙って2と競る、など。

ラインを構成する選手がどのように決まり、ラインの中での追い込み選手の並びがどう決まるかという問題がある。例えば図1のようなライン構成になるのはなぜなのか、どんな法則があるのかということである。これは別に競技ルールで決められているわけではなく、自然発生的になされる。ライン戦において実に重要なことなのだが、この説明は次章で行うことにして、ここでは先に進めよう。まずはラインでの戦いの様子を先に説明する。

「空気抵抗」の章の最後に書いたように、ゆっくり走る序盤から誰かが先行することでレースは動く。この先行をめぐる駆け引き/争いはラインの先頭の先行選手が行う。追い込み選手はラインの目標を追って走る。

先行争いを行うとき、ラインを引き連れている先行選手は1人で先行するより有利になる。これは先に「3人の競走」で述べたように、先行する力のない追い込み選手が自分の後ろを固めているので、先行中あるいはゴール前で後ろから抜かれる恐れが低くなる。ラインが長いと他の先行選手との距離が大きくなるのでそれだけ有利になる。

ラインが先行選手にとって有利にはたらくことを具体的に示そう。ある選手が先行したときその選手にラインがあると、他の先行選手がそのラインの内側に包まれてしまうことがある。例えば、123のラインを叩いて456のラインが先行するのを、時間を追って描くと図2-1から図2-4のようになる。

図2-1

←    123 456
    -----------
    バンク内側

図2-2
       456
←    123
    -----------

図2-3
       56
←    4123
    -----------

図2-4

←    456123
    -----------

このとき、図2-3の時点で、先行選手1がこのまま4の番手に付こうとするとどうなるだろうか。先行選手4をマークしていた追い込み選手5は、1に4の番手を取られては不利になるので、体を当てて1をどかそうとするのだ。1がこれに抵抗すれば5と1の競りになるが、多くの場合先行選手は競りが苦手のためすぐに車を下げ図2-4のようになる。

先行選手4はラインがあったおかげで先行選手1を自分から4番手まで下げることができた。ラインの追い込み選手が他のラインの先行選手を後位から遠ざけてくれたのだ。また、1が抑えられて下がっている間1は仕掛けられないので、4は安心して流すことができる。

さらに追い込み選手はラインでの位置を守るという役割に徹することで、ラインの先行選手をより積極的に動くよう促進しようとする。すなわち、追い込み選手はゴール前でラインの先行選手を交わそうとするのだが、そのタイミングをなるべく遅くする。追い込み選手にとっては早めに交わしにいった方が有利な場合が多いが敢えて遅くするのだ。こうすると、ラインの先行選手はゴール前での速度が多少鈍っても、より積極的に先行しようとするだろう。それが追い込み選手の狙いで、総合すると彼にとっても有利になるのだ。

捲り

このように、ラインを利用することで先行選手は有利に先行することができる。すなわち、先行選手がひとりで戦うより早いタイミングで長い距離を先行できることになる。反対に言えば、十分な体力を温存するために先行の仕掛けを遅らせていると、他のラインに先行されてしまうことになる。よって、ライン戦では先行争いがより激しくなるわけだ。

先行選手は長い距離を先行することになり、その速度はやや遅くなる。すると、先行している選手の速度が落ちた所を狙って、後方にいる他の先行選手が全速で走行し先頭に立とうとする作戦が成立する。これを捲りと呼ぶ。捲りの仕掛けのタイミングは幅があって、残り2、300mで捲り切って先頭に立つものから、最後のゴール寸前で捲り切るものまである。捲りは先行に比べて選手が空気抵抗を受けて走る距離が短いので、捲り切ったなら先行よりも1着になる確率は高い。

しかし、捲りには、先行ラインの追い込み選手によるブロックという大きな難関がある。先行したラインの追い込み選手、特に番手を走る選手は、後方から捲って来る選手に対して体やヘルメットをぶつけて衝撃を与えて速度を落とし、抜かれないようにする。効果的なブロックを受けた捲り選手は速度が落ちて外に膨らみほとんどの場合大敗する。捲る選手は先行選手を上回る速度を出すだけでなく、このブロックをかいくぐる必要がある。

先行選手は先行と捲りの2つの作戦を取れる。先行しなかったラインは捲りに回ることになる。先行の航続距離に自信がなかったり最高速度に優れている先行選手は、先行よりも捲りたいと思うだろう。かといって、先行する意志を見せなければ敵の先行選手にマイペースで楽に先行させてしまい、捲りが打ちにくくなってしまう。また、先行態勢になった時点で先頭から7番手以降の後方に置かれてしまっては、先頭までの距離が遠く捲りが難しくなる。有利に捲るには4、5番手までの中団が欲しい。先行選手は自身の能力と特性だけでなく、敵の出方を考えて作戦を立てなければならない。

捲りがよく見られる理由の一つとして、メンバ中比較的弱い先行選手は無理してでも先行する傾向が強いことがある。それで強い先行選手は捲りにまわることが多くなり、強いので捲りが成功することが多いのである。強い選手に先行されると弱い選手が捲ることは非常に困難である。逃げていれば、捲られる可能性が高いとはいえ、自分のラインの追い込み選手が捲りをブロックしてくれるかもしれずまだ望みがある。それに負けるにしても先行した事実を残すことで、今後の競走での追い込み選手の信頼を増すことができる。

また、先行争いになって先行した選手が体力を消耗してしまい、ペースが上がらず捲られるケースも多い。先行選手は勝負所で先行する機会を失うと不利になる。速度が上がった状態になってから、突っ張られると外浮いて終わりだし、叩かれると内に詰まって巻き返せなくなってしまう。だから、先行争いになったら双方とも全力でもがくことになり、先行できたとしても力を使ってしまい、その先行争いを後ろで見ていたラインの絶好の餌食となって捲られてしまうのである。

もうひとつ捲りが決まりやすいケースとして、先行したラインに競りが発生したときがある。先行ラインの番手は他ラインの選手と競りをしているため、捲ってくる選手をブロックできない。また、先行ラインと競りにいっているラインが2列になっている場合は、先頭までの距離が短くなってより捲りやすくなる。

図3
       456  789
←    123
    -----------

上図で、先行するライン123に対し、56を率いる4が1の番手に行き2と競っている。すると後方の7が絶好の捲りごろとなる。競りは、番手を取り合う者だけに関係するのではなく、他のラインを有利にさせてしまう作用がある。

競輪の複雑で豊富な競走内容を成立させる欠かせない要素の一つが捲りである。誰も捲りを打たない競走は、先行してからゴール前まで何の動きもない単調な展開になる。捲りがないと、先行できなかったラインの選手が上位に入着することが難しくなり、ゴール前の争いが単純になってしまう。

そのような捲りが発生するのは、先行争いが常に過剰気味に行われるからであり、これは前述のようにライン戦であるからだ。ライン戦が捲りという競輪独特の作戦を生んだと言える。そして、捲りがあるとそれを防ぐために、先行ラインの長さと追い込み選手によるブロックが必要になり、ますますラインの重要性が増してくる。ライン戦と捲りは密接な関係にある。

レース展開

さて、ここまでの説明で競輪競走を記述する全ての主要な要素が揃った。レースがどのように展開されるか詳しく見ていこう。

レースがスタートすると選手たちはゆっくりと動きだし、先頭誘導員の後ろを追う。徐々に隊列が整ってほとんどの場合、誘導員を先頭に縦1列にきれいに並ぶ。このとき、選手たちは各ラインごとに固まって、例えば図1のような並びをこの段階ですでに形成する。周回を重ね残り2周(400mバンクの場合、以下同様)ぐらいで先行をめぐる駆け引きが始まる。

最初に先頭に立って徐々に速度を上げながらそのまま先行態勢に入ろうとする先行選手がいる。あるいは、ある程度全体の速度が上がるまで中団以降にいて、一気に速度を上げて先頭を叩いてそのまま先行しようとする選手もいる。捲りを得意にする先行選手は中団をキープしたいので先行しそうなラインの後ろを狙っている。そんな捲り指向のラインが複数あれば中団の取り合いで先行選手同志が体を当てて位置取りが起きたりもする。

捌くラインがあれば競りが生じるし、場合によっては、先行争いに負けた先行選手がインで粘って競りになることもある(図2-3で1がここで粘って5を競り落とそうとする)。

先行をめぐる駆け引き/争いの段階で、追い込み選手が自分のラインの先行選手を捨てて他のラインを追走し切替えてしまうこともある。追い込み選手が自分のラインが後手を踏まされて望みがないと判断した場合である。ラインの3、4番手を走る選手が切替えることが多い。

誰かが先行すると速度が上がるので、多くの場合全体が1本棒になる。先行態勢に入るのは残り1周半から1周くらいである。先行のペースによって時機は変化するが捲りが打たれることになる。有利な中団を取ったラインが捲ることが多いが、力関係によっては後方からの捲りもある。後方からの捲りに合わせて中団から捲る派手な展開になることもある。そして、捲りに対しては先行ラインの番手選手によるブロックが行われる。捲りが成功するどうかはレースの大きな見所だ。

最後に、最終4コーナーからゴール前直線を迎える。ここまで来るとラインは関係なく個々の選手が全力で踏んでゴールを目指す。先述したように先行ラインの番手の追い込み選手は先行選手を残そうとするが、それはあくまで自分が1着を取れることが前提である。

ここまでで、先行/捲りあるいは競りなどで脚を使ってない選手が半分くらいはいる。こういう選手が突っ込んでくる。空気抵抗があるため縦に長い展開になりがちな競輪競走だが、最後の最後はその空気抵抗のため体力を温存した選手が後ろから追い込んで来て、今度は横に広がってゴール線上は大接戦になるのだ。

以上のように、先行争い、番手をめぐる競り、追い込み選手の切替え、捲るための中団の取り合い、捲り、捲りに対するブロック、ゴール前の追い込みと、競輪のレース展開は非常にダイナミックである。これは、空気抵抗の影響で他の選手を利用できること、接触プレイによって他の選手に直接的に影響を及ぼせることで、選手が多彩な作戦を取れることによるのである。選手はペース配分以外にほとんど考えることがない一般的なレース競技とは対照的だ。

ライン構成が決まるメカニズム

前章で先送りにしたライン構成がどのようにして決まるかを説明する。

追い込み選手は強い先行選手、あるいはより積極的に先行する選手をマークしたいと考える。メンバー中、最も強い先行選手の番手は追い込み選手全員が欲しい。よって単純には、その先行選手の番手をめぐって競りになる。しかし、競りになって競り負けると大敗するので、弱い追い込み選手は初めからあきらめて強い選手の番手には行かない。もし、ある追い込み選手が断トツの強さだったら、その選手が競り無しで最強の先行選手の番手を取ることになる。

このように、強い追い込み選手ほど、良い位置を周れるという大原則がある。強い追い込み選手から順番に良い位置を選んで行き、最終的なライン構成が決まる。良い位置というのは、より強い先行選手の番手、そこが空いてなければより強い先行選手の3番手、などである。

しかし、この原則だけではうまくいかない場合がほとんどである。一つのレースに6人前後いる追い込み選手の強さの序列は、普通はっきりきっちりと定まらない。同じような強さの選手が複数いる場合、両者は競りになってしまう。また、一度位置を譲ると譲った相手に対して自分が弱いと認めたことになり後々都合が悪い。だから勢い競りにいってしまう。

追い込み選手に取って競りは大きなリスクがある。競り負けて大敗したり、相手と共倒れしてしまったり、落車して怪我をしたり、落車させて失格してしまったり、そしてたとえ競り勝ったとしても体力を消耗してゴール前の差脚を欠くことになる。だから、追い込み選手は毎レース競るわけにはいかず、競るくらいなら妥協して少し悪い位置を周っても良いと思うだろう。さりとて、常に妥協ばかりしていては良い番手に行けず成績が残せない。どんな場合に良い位置を主張して、どんな場合に妥協したら良いのか、相手がいることなので非常にむずかしい。強気過ぎても弱気過ぎてもだめなのだ。このように困った状況が生じるのである。

これを解決するにはどうすれば良いだろうか。くじ引きで決めるわけにもいかない*1。実際は解決策として、選手の所属地域というラベルでラインをグループ化する便法が暗黙のルールとして使われている。競輪選手は自分の住んでいる地域が近い者同士がラインを組む。こうすることで、位置をめぐる主張と妥協の問題が著しく容易になる。

例えば、あるレースで、東京の先行選手Aがいると東京近辺の追い込み選手が集まってラインを作る。大阪の追い込み選手Bがいて彼がその東京のAの後位に魅力を感じても、地域が違うのでそこには行かず他の大阪近辺の先行選手のラインを選ぶことになる。BはAの後位を取りたかったがこのレースでは競りを避けて妥協したわけである。でも、Bが別のレースで強い大阪の先行選手と乗り合わせたときは、希望通りその後位を周れる可能性が高い。他の地域の追い込み選手が妥協して競りに来ないからだ。

このように、追い込み選手にとってレースのメンバに同地区の強い先行選手がいると有利になり、そうでないと妥協する。どんな選手といっしょに走るかは偶然性が高いので、長期的には平均化され特に有利でも不利でもなくなることになる。こうやって無用の競りを避けるのだ。

この選手の所属地域によるラベルには、地域は階層的なので狭い範囲から広い範囲まで無理なくグループにできる、という便利な点がある。まず、競輪の組織は全国を8つの地域ブロック(北日本、関東、南関東、中部、近畿、中国、四国、九州)に分けて管理しており、その地域ブロックがライン分けでも基本になる。北日本ラインとか近畿ラインとかができる。あるレースで四国の選手が1人しかいなかったとする。1人ではラインができなくて困るが、例えば中国に2人の選手がいれば合体して3人でラインが組めたりする。ラインが組みやすいように地域を任意に広げていけるのだ。反対に、あるレースで6人が関東だったとする。ラインの5番手6番手の選手はチャンスがないから、6人でラインを組むには多過ぎる。そこで、栃木と茨城、東京と埼玉はそれぞれ競輪の組織上のつながりがあるので、これを名目にして栃茨ライン、埼京ラインに分かれたりする。このように、あるレースでメンバの所属地域に散らばりや偏りがあっても、柔軟に地域ラインにグループ分けできる。

こうしてラインのグループ化が行われた後、今度はライン内の選手の並びが決められる。まず、先行選手がラインの先頭になる。それに続く追い込み選手の並びはやはり争いが生じ妥協が必要になる。ここでも選手の所属地域が用いられる。先行選手の後ろには彼と同県の追い込み選手が番手に付くことが多かったりする。しかし、ライン内では地域による並び以外に、強い選手が前を周ることで決まる場合も多い。ここでは強い選手が良い位置を周るという大原則の影響が大きい。ライン内の追い込み選手は2、3人と少ないこと、同一地域の選手同士なので力関係が分かりやすく話がつきやすいことによると考えられる。

以上がライン構成が決定される基本的な仕組みである。追い込み選手はなるべく競りを避けながら、それでいて妥協してばかりという状況にもならないように、以上のような並びを決めるルールが自然発生したのである。しかし、常にライン構成がこのルールできっちり決まるということはない。自分が欲しい位置が他の選手と重なってどちらも妥協できないときは競りになり実力で決着をつけることになる。地域ラインは絶対的な掟などではなく、戦う意志さえあればいつでも破ることが可能だ。

また、地域ラインの選手の中で先行選手がいない場合、すなわち全員追い込み選手になってしまった場合、競りが生じる可能性が出てくる。このようなラインは先行選手がいないのでただ並んで走っていても勝機がない。そこで、最も強い選手が先頭を走り他のラインを捌きに出る。他ラインの特定の先行選手に目標を定めてその番手に競りに行ったり、レースが動いたときに先行しそうな選手の後位に飛びついたりして戦う。またそうではなく、自ら捌く追い込み選手がいない場合は、ラインが分裂して他のラインの後ろを周ることになる。

この地域でラインを作るというのは、最初に述べたように、無用な競りを避けるための便法である。だから、他に良い方法があればそれを使っても良いはずだ。しかし、地域ラインはよくできていて、これに替わる方法はちょっと思い付かない。地域ラインには以下のような長所もある。

選手の所属地域というのは公開された情報で、選手だけでなく客や運営者もよく知っている。分かりやすくて公明正大だ。選手しか知らない何らかの情報をもとにした暗黙のルールを使ってラインを決めることは不透明であり、賭けの対象としてはとても許されないだろう。

また、地域でラインを組むことは選手にとって技術的に走りやすいだろう。選手は地元の競輪場を練習の拠点にしているので、練習仲間とラインを組むことが多くなり、能力や特性をよく理解した選手と連携できる。さらに、ラインの選手が強いと自分も有利になるので、地域の選手同士の練習/指導を活発化させる。

最後に一つ注意を書いておく。「競輪はチーム戦だ」、「ラインというチームを組んで戦う」という説明をよく見るが、非常に誤解を招く表現だ。競輪はルール上、完全な個人競技でチームは存在しない。チーム競技はチームのメンバが協力してチームの勝利を目指すが、競輪にはラインの勝利などない。競輪はラインの選手が互いを利用し合って個人の勝利を目指している。その利用し合う様子がチームプレイのように見えるだけである。「ラインはチームだ」と言ってしまうのは、競輪競走の本質を見誤らせる。

ギャンブルとしての競輪競走

一般的に言って、人間がその体を動力源として走行する競走は、賭けの対象として適さない。競走という競技は構造が非常に単純なので、走行能力がそのまま結果に反映される。人間の走行能力は直近のレース結果を分析すればかなり正確に評価できる。したがって、賭けを行ったときその投票分布が実際の出現確率を非常に正確に予測するようになる。これは予想が簡単で誰がやっても同じような結論になり、賭けとしておもしろくないことを意味する。例えば、陸上競技で賭けをやってもあまりおもしろそうではない。

では、なぜ競輪は賭けとして成立しているのだろうか。それはこれまで見てきたように、競輪が、競走としては特異とも言えるほど複雑な構造を持ったゲームだからだ。予想は難しくなり、賭けとしておもしろくなる。この点を述べる。

選手に必要とされる能力として、最高速度やその持続力などの走行能力だけでなく、競りなどの位置を取るためのテクニックがある。次元の異なるこの2つの能力を比べなければならないので予想はむずかしくなる。

空気抵抗の影響が大きいことおよび、競りブロックのような接触プレイが部分的に容認されていることから、選手は他の選手に直接的に大きな影響を与えることができる。これにより競走中に選手のとる行動を予測する必要が出てくる。その行動は様々な組合せがあることから非常に複雑で偶然性も生まれる。偶然性があること、すなわち思いもよらない結果になる可能性があることは、賭けの対象に不可欠な要素だ。

さらに競輪には先行争い、競り、捲りに対するブロックなどで、共倒れの要素が多分にある。強い選手同士がつぶしあって結果弱い選手が勝つことがある。これは穴予想が成り立つために都合が良い。

競輪が人力で行われる競走で選手の体力の個人差は小さくないにもかかわらず、ハンデなしでギャンブルとして成立しているのは驚くべきことだ。ライン戦による複雑なゲーム性が無くてはあり得ない。

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質問、間違いの指摘、説明が不明な点、改善案など何でもコメントしてもらえればうれしい。

*1:強い選手ほど良い位置が当たるように確率を設定したくじを使うのが、たぶん理論的に最善の方法だろう。